韓国法人、アジア通貨危機

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融資全額を返済してほしい、との突然の電話

1997年、ジョージソロスという投資家が、発展途上国や新興国の通貨が過剰評価されていることを是正するという名目で大量の新興国通貨売りを仕掛けた結果、タイバーツをスタートにマレーシアリンギッド等軒並みアジア新興国の通貨危機という大嵐が吹き荒れました。

 

当時私は、韓国現法のCFOを兼務しており、毎月第3週の1週間ソウルのオフィスで仕事をするということを約2年間繰り返していました。

 

翌週にソウル出張を控えたある日、ソウルの経理スタッフの女性から電話があり、「米銀のソウル支店から、今借入をしている融資全額を次の期日で返済してほしいと言っています」と報告を受けました。

アジア通貨危機の件は、テレビや新聞で認識していたものの、外国為替市場という巨大で手の届かない世界の出来事であり、為替レートの変動で損益に影響するなあ程度の問題だと思っていたので、この電話のこともそれほど重大な出来事だとは認識していませんでした。

 

念のために、米国本社のトレジャラー(Treasurer:資金管理責任者で執行役員)に電話をかけ、「ソウル支店からこんなことを言われているようだが、本社サイドでは、その米銀から、同様の問題が起きるような銀行取引を絞っているような動きはあるか?」と聞いたところ、彼も寝耳に水だったようで、「そんな話は聞いていないし、こちらから取引を制限するような検討も一切していない」とのこと。

 

私は「そうですか、安心しました。けれども、念のためにそんな動きがあるか感触だけでも連絡をして探ってほしい」と依頼しました。翌日返事があり、「少なくともその米銀も米国サイドでは、御社との取引は了承が得られるなら拡大したいと思っているが、縮小なんて一切考えていないし、あり得ない」という回答だったそうです。

 

日経新聞の記事のような話が、目の前に現れたことに気づく

翌週の月曜日の午前便でソウルに到着し、まっさきにその米銀のソウル支店を訪問して事情を聞きにいきました。ソウル支店の担当者が言うには、「米国本店はわからないが、アジア太平洋地域の責任者がアセットを減らせと大号令を出した。我々は、それに従うしかなく、協力してほしい。必要なら肩代わりをする銀行を紹介してもいい」とまで言われてしまいました。

 

その場で思い浮かんだのは国際連盟を、合意に至らず席を蹴飛ばして脱退したという松岡外相。そんな外交問題ではないですが、「そこまでしてもらわなくても結構、交渉の余地がないなら帰る!期日までに返済する!」と早々にミーティングを打ち切り、韓国現法のオフィスに戻りました。

 

しかし、売り浴びせられている韓国ウォンの状況は1米ドル=800ウォン程度だったのが2,400ウォンまで急落し、かつ日々乱高下していました。この状況になり、縁のない日経新聞の記事の中だけだった話が目の前に現れ牙をむいてきたことに、やっと気づきました。

その後、邦銀のソウル支店いくつかに打診するも、韓国国内においてウォンで融資を出すのは無理との回答。日本国内の支店に相談すると、日本国内において円建てで融資をするなら喜んで相談に乗りたいがウォン建てではどうしようもない、というのが、各行からの回答でした。

思いつく限りの方々に電話をかけまくる

日中はソウル、東京と思いつく限りの方々に電話をかけまくり、夜は米国本社に状況報告と可能性のある対応策を検討してと、あっという間に2日間が過ぎました。水曜の深夜、ふと「米国本社に増資を頼んでみよう」と思いつきました。幸いアメリカは稼働中!早速ホテルから本社のトレジャラーに電話をしました。

 

私:「次のオフィサーズミーティングは何時?」

トレジャラー:「来週のXX日」

私:「議案の締め切り日は?」

トレジャラー:「先週だったけど。。。」

私:「相談している韓国の資金調達の件だけど、本社からの増資で賄うしかないと思うんだ。もう考え付く方法は全て確認し尽くしたほかに方法はないと思う、頼むから今から入れてくれない?」

トレジャラー:「そうだね、わかった。アジェンダに入れるので、すぐに資金使途や金額等を含めて、申請書類を送ってくれ!」

 

本当に救われた思いでほっとしましたが、それも束の間、一発で承認される提案資料を作らなければなりませんでした。銀行融資の返済資金、為替レートの変動で本社工場から輸入している仕入れ代金の増加予想の影響を考えて半年分、その他運転資金等を為替レートの今後の変動を考慮して必要な資金を、米国本社での議論のために米ドルで作成して送りました。

 

トレジャラーはCFOとも事前に相談してくれたらしく、「たぶん、通せると思うので、この増資が実行できる前提で、準備をすすめて構わないと思う」と言ってくれました。

夜中に米国本社から電話が・・・

韓国の増資ならびに登記手続きは、日本の商法(当時)の手続きとほぼ同じでした。いろんなところで韓国は日本の制度を参考にしていることに感心しながらも、実行する当日、私は東京にいる予定だったため、増資資金の米国からの受け取り銀行、登記を担当する法律事務所等と調整をし、ソウルのスタッフに手続きとチェックするポイントを周知徹底することに務めました。

 

いよいよ段取りも決まり、社内外の関係者との役割分担も完了し、当日を待つだけかと思っていたら、最後の最後に大問題が。日本の夜中に米国本社から自宅に電話がありました。

 

トレジャラー:「増資の承認はおりたけれども、実際に何ドル送金すればいいと思う?」

私:「多めに払ってもらえる?(笑) 冗談はともかく、米ドルの韓国の銀行で受領後に韓国ウォンに転換後、送金された資金が増資申請書に記載した韓国ウォン建ての金額に満たなければ増資の資金保管証明書が銀行から発行されないので、ウォン建てでの資金不足は絶対に起こせない。」

トレジャラー:「でも、韓国ウォンはアメリカだけではなく、韓国以外では為替予約が取れない(当時)ので、ドルで支払うしかないんだけど、為替レートの大幅な変動をどう見込んでおくか相談をしたくて。。。」

私:「そらそうだね。でも、後で返すにしても、保管証明が当日ソウルで出るのが必須なので資金管理的には許容しづらいだろうけど、協力してくれると助かる。」

トレジャラー:「事情はわかっているので、ギリギリまで様子をみて、送金額を決めるね」

私、「ありがとう、そうしてくれると助かる。余剰分は今後の輸入資金との相殺とか、返却方法があれば教えてね」

トレジャラー:「その時は、Mashie(私のニックネーム)がTake it!」

 

全員、一緒に大笑いをしました。さすがに、私が個人的にTake itを実行して、着服したりはしませんでしたが、この会話で、本当にみんなの協力に感謝したことは忘れられません。

無事、増資手続きは完了し、その米銀ソウル支店に融資を全額返済して一件落着しました。

若手メンバーからのサプライズ

後日談として、私の韓国現法のCFOポジションから離れる時に、幹部クラスが送別会を開いてくれたのですが、オフィスを出る前に、普段あまり話をする機会が少なかった若手メンバーが、みんなでお金を出し合って、一流ブランドのネクタイをプレゼントしてくれました。その際に彼らが言ってくれたことが、「多くの企業が倒産した通貨危機の中、今も仕事に就けて変わらず給料がもらえるのは、Mashieのおかげだとマネージャー達が話をしていました。これは僕らからの感謝の気持ちです!」って。

 

まさか、そんな風に思ってくれていたとは知らなかったので、苦労をした韓国現法での仕事でしたが、一挙に報われた思いをし、その夜のお酒は最高に美味しかったです!

 

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