フォーキャストとバックキャスト

① 評論家は後ろを向き、プレイヤーは前を向く??
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予算管理という言葉から、予算というノルマのような義務に対して、達成したかどうかの成績表を受け取るような、つらい、暗い、きついイメージをお持ちの方もおられるのではないでしょうか。

 

でも、予算って、飛行機の機長が、フライト前に作成するフライトプランのようなものだとデルタウィンでは考えています。

 

航行距離、離陸や着陸だけではなく、いくつかの通過地点の想定通貨時刻を示し、航路の想定される雲や気流を含む天候の状況を考慮して、修正を加えたルート設定や、航行高度を考えて、燃料消費量を想定するなど、フライト全体のシミュレーションを行うようです。

 

具体的に計画すればするほど、飛行中コクピット内の経理類を見ながら、想定通りの操縦ができているか確認をし、フライトプランと異なる状況が生じた際に、フライトプランと現実を比較して適宜調整をしながら、その調整の影響を考慮して、管制と連絡を取りながら飛行します。

 

計画って、ノルマなんでしょうか?

 

スポーツ番組の解説者の方を例にして、考えてみたいと思います。

 

選手が好プレーをしても、凡ミスをしても、結果で「あのプレーは○○だから素晴らしかった」、「あの時はこうするべきだった」とすでに起こったプレーに対して、事後的に専門家として話してくれる方もおられます。

 

その考え方を聞いて、なるほどと、参考にする方もたくさんおられることでしょう。

 

一方、プレイヤーゲストとして、現役選手がコメントをしてくれることも、よくありますよね。

「こういう場合、私なら○○のように考えて、こういうプレーを想定して、準備をします。」と、これから起こることを想定して、話してくれることがあります。

 

聞いている視聴者は、あたかも自分がその当事者である選手のように、臨場感とともに、息を吞んで、集中して見ます。

 

この差って、改めて考えてみると、同じスポーツについて専門家が話をしているのですが、事後的に答え合わせのように語られるのと、これから起こることをある前提を置きながら臨場感満々で聞くのとは、全く異なる印象を持つのではないでしょうか?

 

企業経営において、経営計画(予算)をたて、その実現に向かって、各部門、各社員が取り組むのですが、実績という過去の情報が、予算という物差しに対して、達成したか未達成かを結果で判断するだけというのは、評論家のコメントのように、正しいかもしれませんが、正直「それがどうした?」と開き直りたくなるような、変えられない過去実績をほじくり返されてもどうしようもないという、不満や、非生産的なコミュニケーションに終わってしまうように感じます。

 

一方、結果は結果として、状況やその他の取り組みを総合的に考慮して、業績向上や改善のために、この予算未達という現象を「学び」として、では今後どうするかという具体策、改善策につなげていければ、臨場感というかリアリティが高まる、行動につながります。

 

過去実績を説明する後ろ向きな評論家スタイルよりも、プレイヤー目線で、失敗するリスクはあるけど、成功(計画達成)に向けて、現実的なプレーをする、またその準備をするという行動を促すようなスタイルのほうが、単なる成功に加えて、選手(社員)のプレー精度の向上(成長)を応援するような意味合いに変えられるように感じています。

 

動かせない過去実績の分析から、建設的な行動を促すアドバイスを提供する予算管理プロセスも、一考の価値があるのではないでしょうか?

 

評論家視点から、プレイヤー視点へのシフトって、検討してみては如何でしょうか?